入院中の年老いた父母を普通に見舞いに行けるのが理想の家族

今回は、「入院中の年老いた父母を普通に見舞いに行けるのが理想の家族」というお話です。

最近勤務先で、人生を考えるある出来事に遭遇しましたので、順を追ってお伝えしてゆきます。

 

20数年ぶりに父親に再会した

まず先にお伝えしておきますと、僕の仕事は「病院での清掃業務」です。

主な仕事内容として、病室・トイレ・浴室・ナースステーションなどのお掃除をすることです。

「その日」も普通に担当フロアを回っていたのですが、なにげなく病室の「名札」を見ると、見覚えのある名前が表示されていました。なんと、20数年疎遠にしていた父親の名前でした。
ただ、同姓同名の別人だとも思いましたが、気になったので確認してみました。

確認といっても普通にそうじに入るだけなのですが、やはり緊張します。もし本人だとなんとなく気まずいなと思いながら、4人部屋のひとつのカーテンを開けました。

「失礼します」と言って入っていったその先のベッドで寝ていたのは、髪型がだいぶ変わっていましたが、紛れもなく父でした。

点滴につながれながら横を向いて寝ていたので、僕が入ったことは気づいていません。
正直、内心「ホッ」としていました。もしも起きていたら何話していいのかわからないじゃないですか?まあ「久しぶり」くらい言えばいいんでしょうが、やはり気まずさのほうが強いですね。

 

なぜ疎遠になってしまったのか?

家庭内のゴタゴタで父親とは疎遠になっていましたが、僕は何も悪いことはしていません。というか、「なんで俺がここまで気を使わなきゃいけないんだ!」

そもそもなぜ父親と疎遠になってしまったのか?
それは「両親の離婚」が原因だと思われます。

離婚後数年は、僕もひとり暮らしをしていたのですが、その間母親とはたまに連絡を取っていました。その後2,3年母親と暮らすようになり、その間も父親とはいっさい連絡をとっていませんでした。その後、母と別居するようになっても、父とは連絡をとりませんでした・・・。

 

入院中の年老いた父母を普通に見舞いに行けるのが理想の家族

20数年ぶりに会った父は、病院のベッドの上でした。今さら会いたいとは思いませんが、ひとつ思うことがあります。
それは、「入院中の年老いた父親あるいは母親を普通に見舞いに行けるのが理想の家族の形」なのかなと。
まあ、僕の場合は「父親」ですが。

病院にはいろんな人が入院しています。そして、お見舞いに来られる方もたくさんいらっしゃいます。その中には、年老いた「父親あるいは母親」を見舞う子供、「じいちゃんばあちゃん」に会いに来たお孫さんもいらっしゃいます。

そんな光景を見ていると、平凡だけどうらやましい。

そんなことを感じたとある一日の出来事でした。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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